ってどんな会社なの?

設立趣意書にはこんな事を書かせていただきました

2018年03月11日

 設立趣意書にはこんな事を書かせていただきました。

設立趣意

まちづくりマネジメント株式会社

 商業の郊外化、流通の合理化の荒波の中、日本全国の市街地商業が追いつめられていったように、秋田市中心部はもとより、にぎわいの核となるべき市街地の商店街はなすすべもなく凋落の一途であった。各商店街の先達の努力、行政各機関による様々な支援・保護政策はその凋落を一定先延ばしをなしえたが、それが街の「にぎわいの核となるべき市街地の商店街の復活」にはほど遠い現状である。

 一方、そうした逆境の中において、市街地商業の復活を願い、商店街こそが、街の「にぎわいの核」となるべき事を願い、信じ、そうした試みに多くの時間、能力を注ぐ仲間が、未だ決して少なくない事は幸運である。

 ここ十数年、秋田の中心市街地大町地区においても例外では無く、大型店の撤退、設備の郊外移転により、空地が目立ち、街のにぎわい・華やかさを大いに削ぐ結果となった。

 しかし、これを時代の趨勢と受認するか、これを未来への希望の萌芽とするか、この意識の差は将来を考える上で巨大な差を生むことと想定される。この数年をいかに未来を捉える上で重要な時と捉えるか、この数年どれだけの知恵と工夫を街に注げ込めるかは、未来の中心市街地を語る上で極めて重要な数年となる事は間違いない。

 今、大町の商業開発の種地となりうる市有地がここにあり、ここにその空間の未来像構築に並々ならぬ関心と情熱を向ける仲間がいる。

 今、この一瞬を大きな契機としたい。

 ここから市街地の「にぎわいの核」となるべき商業集積の萌芽を紡ぎだしたい。

 故に、今ここに「街づくりを街人の手で強力にマネジメント」出来る会社設立を宣言し、多くの賛同者に参加いただき、秋田の中心市街地に「街づくりのサイクル」を生み出したい。

 本会社は、これまでのアマチュア的、ボランティア的街づくり参加の制約を排し、組織としての求心力を発揮し、行政の支援と共に、限られた資源・時間での具体的目標達成を一義とする。大勢の市民の笑顔が見える街の空間を強力にマネージメントすることに全力傾注できる行動組織として街の活気を支える様々な具体的側面、街の日常環境づくりはもとよりイベント、街の文化、商売、くらし、街の形成に積極的に関わり、牽引出来る人材の活用、育成を追求し、様々な経験、関連情報を蓄積し、将来のさらに多様なニーズに即応できる組織作りを追求する。

 安倍内閣の地方創世は担当省も出来、首都圏と地方の経済・人口格差是正は国家的目標となりつつある。

 しかし現状の移住促進策は1次産業人口減少への対応策という側面が強い。

 しかしIターンは農業志望者だけのものではないはず、かつて終戦直後の復員軍人を主とした人口移動期には確かに農村が多くの役割を果たしたことを否定しないが、一方、闇市から始まり、戦後の商店街形成期において、復員した軍人はもとより、地方から就職列車で都会を目指しながら離職していった多くの若者を受け入れたのが当時の商店街であり、そうした人口異動期に柔軟に人々を受け入れる器としての機能が商店街には求められていた。

 人口減少が街の存続を脅かす現在にあっても、第1・2次産業が就業人口吸引力を大きく減らす中、将来的に街が生き残るためには、そうした人口流動の可能性を街が受けとめ、街の経済循環の中に取り込む、知恵と工夫が街を存続させる大きな力となると信じるし、それこそが「にぎわいの核となるべき市街地の商店街の復活」の鍵ではないか、それを実現するためにも本会社を有効に機能させたい思いが募る。

平成28年11月25日

 設立趣意書にはこんな事を書かせていただきました。読み返すと恥ずかしいくらいの気負いですが、商業者としての「まちづくり」に対する自分たちの無力さやいらだちやらを痛感させられる日々、なんとか一歩でも、見える形で前に進みたいという願いに免じてお許しを・・・・・・